2013年10月1日火曜日

NHK 日本人は何故戦争へと向かったのかを観て




もう2年ほど前だろうかNHKスペシャルで『日本人は何故戦争へと向かったのか』という特集を観たことを前回の情報社会特論Cの講義を受けていて思い出したので、それについて書いていく。

組織、マスコミ、リーダーの決断、太平洋戦争がいかにして、勃発してしまったかを当時の肉声テープや資料をもとに、さすがNHKスペシャルというべきか、ディープなとこまで取材している。

結論からいうと、太平洋戦争というのは日本人の今も昔も変わらず決断力がない、というよりむしろ「皆まで言うなよ」という馴れ合いが最も最悪なカタチで露呈した出来事だったのだと。

振り返ってみてみると、もう間違いなくの愚行としか言えないのだけども、当時における空気・時勢はその判断を激しく劣化させてしまったのだ。以前の民主党の迷走もあとから振り返れば、偉業として讃えられることもあるのかもしれない。んなわけないか。

特に興味深かったのは、第三回のマスコミによる戦争全面バックアップ体制。

自分の息子が戦争に向かうもんだから、その動向が気になってしかたない。だから新聞は飛ぶように売れる。デジタル化が進んだ今とそう変わらぬ、むしろ早いペースで現地から記事が書かれ、飛行機で運ばれ、号外として発売される。

戦争は新聞社にとっては、悪いものではないのだ。この事実は恐ろしい。

先ほどの振り返れば愚行の話ではないが、その行為の一翼をになったのはマスコミが生み出した世論である。第4回のリーダーの決断が右往左往した理由は、外政、アメリカを怒らすことよりも、内政、つまり国民感情を逆撫ですることを恐れたということなのだ。

内政をないがしろにした場合と、外交を蔑ろにした場合、どちらの結果が悲惨なものになるか。言うまでもなく、後者であろう。こと帝国主義の当時であればなおさらである。

さて、この図式を現代に当てはめてみると、震災後においてすこしばかりは情報の多角化、密度を高めるヒトが増えたかもしれないが、まだまだメディアの情報操作は健在というべきであろうか。内閣もようやく選挙が落ち着いたものなので、政策に集中できるかもしれないが、仕方ないのだが、その政策も誰が為となると、選挙に勝つため、結局は老人達のための政策になってしまう。論点がズレてしまったが、手段が目的になってしまっている状態はあまり変わらない。対してマスコミは記者クラブを中心に、自分たちの存在を脅かす人物に大しては激しいネガティブキャンペーンを報じる。

ただ意外と、この状況を楽観視している自分もいる。
戦時は極悪だったラジオはテレビではできない愉快で言論が活発な場になってるし、ネットもGoogleReader終了以後、情報の取り方から含め自分で組み立てる状況になってし、今回のあまちゃんを通して、テレビのコミュニケーションツールとしての役割は改めて痛感したし、あと新聞に関しては朝日新聞を逆読みするぐらいでいいのではないか。

今回の特集も一次元的に鵜呑みにするのは危険だよって、NHKの自虐ネタかと思ったけどいい特集だった。

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